〇〇のために〇〇をする
ってない。
自分のために〇〇をするって正直に認めないとダメだ。
なにをするにしても。
誰かのためって思ってたら、その誰かに見返りを求める。
つきつめたら、自分の希望でしかないことをしてるのに。
例えば。
「あの人のためにキレいでいよう」
じゃなくて
「自分のためにキレいでいよう。」
がホントのところ。
あの人がキレいでいることに気がつけば、
あの人が喜ぶという付加価値がでる「かもしれない」
ぐらいの期待?はしてもいいけど、
「あの人のためにキレいにしてるのに、認めてくんない!」
とかなったら本末転倒。
キレいでいたいのは、自分の希望。
それを叶えるのに、ほかの人は必要ないよね。
「キレい」の「私」基準がヅレてたら
暴走するとコワいけどもw
そゆ時は、「他人の目」が大事になるけどもw
「キレい」が「スゴい」になっても、
自分のなりたいスゴいへの努力だから、
できたときも
できなかったときも
その結果を自分で受け止めるために、
(できなかったときに反省したり、やり直したりできるしね
正直に認めよう。
「努力するのは、自分のためなんだ」
「今居る場所も自分で選んだのだから」
などと、考える最近のリアが中心で、
たぶん、それでキャパオーバー気味で、
Secondlifeのインタイム短くて、何をしてるワケでもなくなってるけど。
(ベッドの中でゴロゴロしながら、のたくらとボイスしちゃう日もあるw
「自分のためにインしてる」
自分の中に、まだSecondlifeする意味があるから。
そんなワケで。
駆け足で3カ所、カエルをお供に旅してみた。
ふ〜、遊んだじぇ(マテ